田無駅北口からデッキで直結しているアスタというショッピングモールで、沢田聖子のFM公開録音があるというので、会社帰りに寄ってみました。2月のプレミアムフライデーに開催です。
沢田聖子さんはイルカの妹としてデビュー
沢田聖子さんは歌手としてのデビューは1979年、イルカの妹というキャッチフレーズで売り出されました。シオン、卒業などの曲がヒットしていたと思います。私自身も当時、青春の光と影、少女期、流れる季節の中で、ターニングポイント、風の予感など何種類かのアルバムを買いました。そう言えば、少女期と同時に発売された書籍やPotentialというVHDのビデオも買いました。
田無でのライブ
午後5時からの回と午後7時からの会の二回があります。このうち、午後7時からの回に間に合うように行きました。午後6時半にアスタへ着きました。二階のセンターコートというところに特設のステージが作られています。
座席はパイプ椅子が横に10席、縦に6席、合計60席が準備されています。30分前の段階では半分ほどの席が空いていました。前から三列に座っている人は知り合い同士も多いようで、コンサートなどでの知り合いなのかもしれません。
写真撮影とSNS投稿O.K.!
司会の方のアナウンスによれば、今回は写真、動画撮影OK、しかも、SNSへのアップもOKということでした。ブログも当然OKかと思いますので、写真を掲載します。
時間になるとアスタの時計がときを告げて、それが落ち着いた頃に開始となりました。
沢田聖子さんのMCによれば、5時の回は家族づれやもう少し高齢のお客さんが多かったとのこと、今回の7時の回は会社帰りの年代に少し若返ったと話していました。
開始の曲は「セロリ」という作品で、ちょうどお腹が空いているか、食事をしたばかりのどちらかだと思うので選曲したと紹介していました。セロリ自体はそんなに食べて貰えない食材だけれども、料理に添えるだけで、料理がより一層引き立つことから歌にしたのだそうです。
5曲を披露してくれたのですが、私が知っていたのは「卒業」でした。加藤和彦さんが作った曲なのだそうです。かなりヒットしていたと思うのですが、MCのなかでは「ヒット曲に恵まれず」と謙遜されていました。初めて、生で聴く機会に恵まれましたが、よく聞いていた当時のことが蘇ってきました。また、生で聴いても歌が上手いと感心しました。
最後の曲は村下孝蔵を偲んで作られた「親愛なる人へ」で締めくくられました。そのあとは物販です。CDなどを購入した人にはもれなくサインを書いてもらえるということで、すごい行列ができました。
今回の模様はFM西東京で放送されます。コミュニティFMは昔はそのエリアでしか聞くことができませんでしたが、今ではインターネットラジオで離れているところからも聞けます。便利な時代になったと思います。
今回のライブが良かったので、またライブで聞いてみたいです。今度は吉祥寺のスターパインズカフェでもライブがあります。機会を作っていってみたいと思いました。
【2020/08/18追記】
クイズ脳ベルSHOWに沢田聖子さんが出演
クイズ脳ベルSHOWというBSの番組で出演されていました。海軍のセーラーのジャケットで登場です。デビュー当時、坂道の少女のレコードジャケットがセーラーだったので、今回もパロディで着てきたのだそうです。1979年当時は原宿の中古古着屋さんで購入したのだそうですが、今回のパロディ版はネットで購入したのだそうです。
途中、村下孝蔵さんの「ゆうこ」の歌詞を当てる問題も出題されました。村下孝蔵さんとジョイントライブを良くやっていた、また追悼ライブも実施している沢田聖子さんはあっという間に回答していました。見事に当たりです。
【2023年5月21日追記】
沢田聖子さんご本人から「いいね!」
こちらのブログ、埋もれている過去の記事をランダムで自動的に何日かに1回、ツイートしています。この記事が一昨日にツイートの対象になったのですが、嬉しいことに沢田聖子さんの目にとまったみたいで、ツイートに「いいね!」をいただきました。ちょっと、嬉しいです。
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