中央自動車道は本州の真ん中を東京から愛知を結んでいる道路です。この中央道のルートを見て不自然に感じるのは、甲府南インターチェンジあたりから急に進路を名古屋方面とは異なる北西方向に進路が変わる点です。遠回りして諏訪方面に行き、諏訪湖の先の岡谷ジャンクションで急に進路が南西方向になります。
また、もう一つ不思議なのは、中央道は1969年に先行して相模湖インターチェンジから河口湖インターチェンジまでが開通している点です。今となっては、大月ジャンクションから河口湖インターチェンジまでは中央道の支線のような扱いになっていますが、なぜこの支線が先行して開通したのでしょう?
実はここに秘密があって、最初の計画(1957年の国土開発縦貫自動車道建設法)は河口湖インターチェンジから現在の国道139号線や国道300号線(本栖みち)あたりのルートを通って身延町に出て、さらに西進し早川町を通り南アルプスをくぐり抜けて愛知県に向かうルートを考えていたためです。つまり、大月ジャンクションから河口湖までは支線でなく本線になる予定でした。
ところが、1960年に決まった東海道幹線自動車道建設法により東名高速道路の建設が進み、東京と名古屋を結ぶ大動脈は東名に奪われてしまう形になり、中央道には東京と名古屋・大阪を結ぶ大動脈としての意義が薄れてしまいます。(東名高速道路は1969年に全線開通)
そのため、中央道はできるだけ建設費を安く作る方向に舵が切られて、南アルプスを突っ切るよりも建設費が当時の金額で約1000億円安くなる北回りの現在のルートが選ばれることになりました。1964年のことです。
その後、1982年になってようやく勝沼インターチェンジと甲府昭和インターチェンジまでが開通したことで、現在の中央道がつながりました。
また、当初は中央高速道路という名称でしたが速度超過による事故多発の影響で現在の中央自動車道に名前が改められています。
いまだに南アルプスを貫通する長大トンネルは存在しませんので、1960年代にこのトンネルを造るのは難しかったことと思います。今後はリニアモーターカーが南アルプスを突っ切る最短ルートをとることになるので、もしかすると、遠い未来、河口湖から愛知県を最短ルートで結ぶ、新中央道ができるのかもしれません。
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