1970年代のことなのですが、東京都三鷹市井の頭にある明星学園の小学校に通っていた際、毎年夏になると、千葉県南房総市千倉町にあった寮に行く行事がありました。まだ、学校に無着成恭先生がいらっしゃった時代です。
千倉に行ったことや近くの海で泳いだことだけはよく覚えていたのですが、千倉のどのへんに寮があったのか全く思い出せません。しかし、今ならばインターネットという強力な武器があります。検索をしてみると、たくさんの資料がありました。
ウェブサイトの一つに写真付きで昔のことを紹介してくださっているサイトがありました。
よく覚えている先生の名前も書かれています。
外房の瀬戸浜海水浴場にほど近い農村に位置していたようです。1976年には新しい建物に建て替えられたようですが、私の記憶に残っているのは古い木造の宿舎です。
さらに、ウェブサイトの地図で検索してみると、瀬戸浜海水浴場の近く、房総フラワーライン沿いの房州麺処ちゃいなはうすの道を挟んで向かい側に「明星学園村」という看板が掲げられているのを見つけました。写真で見る限り、建物は少し建っていますが、もう寮の建物は残っていないようです。千倉寮は2001年まで使われていましたが、2002年からは旅館を利用するようになってしまったようです。建物はその後取り壊されてしまったのかもしれません。地図アプリでは2014年9月まで遡ることができたのですが、大きな三角屋根の建物が道沿いにあったほかは、寮の建物のようなものはありませんでした。(別のウェブサイトに阪神・淡路大震災を機に取り壊したという記載がありました。同じサイトに「現在は食堂のみが物置として残されている」と書かれていました。)
先日、房総の勝浦に行く機会があったので、千倉の明星学園村の看板があったところに行ってみました。房総フラワーライン沿いの房州麺処ちゃいなはうすを目印にしました。
現地に着いてみると、地図アプリの写真で見たのと同じ光景が広がっています。確かに、1970年代に千倉寮の目の前には道路があったと思うのですが今の房総フラワーラインのような立派な道ではなかったような気がします。
明星学園村の敷地はやはり空き地がほとんどで一部に建物が点在していました。五十年前の様子を偲ばせるものは見つけることができませんでした。
グルっと写真を撮影してみました。
現在は明星学園での夏の合宿は同じ千倉の矢原荘というところを利用させていただいているようです。
地図で見ると、千倉寮があった場所とそれほど離れた場所ではないようです。今でも同じ千倉の海で生徒が夏に泳いでいるというのは何だか嬉しいです。
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